個別性への取り組み

One & Only 11

カザール - 高次脳機能障害を抱えながらも仕事に復帰した55歳ブラジル人女性 –

「これからも周りの支えとともに」

⑴ カザールさんはブラジル人の女性である。日本に来て、工場で製品に不備がないかチェックする仕事をしていた。 来日して1年ほどしたとき、その工場で一緒に働いていたブラジル人の男性ルーカスさんと出会った。 彼は日本語を話すことが上手であったため、カザールさんも少しずつ話せるようになってきていた。 ある日、突然頭が痛くなり脳出血を引き起こしてしまった。 早期に治療が行えたことで身体に不自由は少なかったが、 言葉を思い出せなくなったり、言われたことをできなくなったりといった高次脳機能障害が強く現れてしまった。 最初は病院でリハビリを行えていたが、だんだん前向きに取り組むことが難しくなり「リハビリ嫌」と言って拒否するようになった。 予定していたリハビリ転院や通院リハビリも話が進まなくなったため、訪問リハビリが導入となった。

⑵ だが、リハビリという言葉に嫌悪感を抱いていたため訪問リハビリも拒否される可能性があった。 ケアマネージャーが訪問するときに同席し、打ち解けられるまで何度も顔を合わせた。 その場には仲が良い職場のルーカスさんも同席してくれており、リハビリを嫌うカザールさんの説得もしてくれた。 退院して1ヶ月ほどした頃、リハビリを開始することができた。 また、ルーカスさんとカザールさんは一緒に暮らすようになった。

⑶ カザールさんは日常生活では言葉が出ないことや思いを伝えられないこともあり、引きこもりがちで、すぐに怒り攻撃的になっていた。 ポルトガル語は日本語と比べ上手く話すことができていたため、 同棲していたルーカスさんから習いながら、リハビリではポルトガル語を使って挨拶をしたりした。 関わって行くうちにカザールさんから挨拶をしてくれたり、笑顔で話してくれることが多くなっていった。 次第にリハビリに対する後ろ向きな発言は減っていき、ルーカスさんと一緒に買い物や外食など気分転換を行えるようになった。

⑷ リハビリが始まり半年経ったころ、少し不自由であった右手で箸を使ったり頭をきちんと洗うことができるようになるまで改善した。 また、同時期に職場復帰もすることができた。 職場はカザールさんの現状に理解があり、ルーカスさんと同じ部署で隣に席を用意し本人ができるだけ落ち着く環境を整えてくれた。 そして、スタッフがいつものようにポルトガル語で話しかけるとカザールさんは嬉しそうに日本語で 「わたし日本語好きね。会社でもっと話したい」と教えてくれた。

⑸ リハビリを行っていたある日「今日婚姻届けを出してきたよ」と2人とも笑顔で報告してくれた。 今はポルトガルと日本語で、いろんな人とのコミュニケーションをとれるようにリハビリを続けている。 そして、「病気になる前に好きだったサンバを今度は夫婦で披露できるようになりたい」と笑顔で話してくれた。