個別性への取り組み

One & Only 12

ライク - 40年間統合失調症とともに生きてきた65歳男性 –

「本人の葛藤、そして決意するまで」

⑴ ライクさんは40年間、統合失調症とともに生きてきた。 病気を発症したのは社会人になって3年目で、厳しい上司の対応に耐えてきたものの、 ある日幻聴が聞こえるようになったことがきっかけで統合失調症と診断された。 現在は病状も落ち着いており、お姉さんと2人暮らしをしている。 近くに弟夫婦も住んでいて、自転車しか移動手段がない2人を通院や遠出する際に手助けしてくれていた。

 ライクさんは自転車で喫茶店へ通ったり、電車が好きでカメラを持っては始発の時間に合わせてよく駅まで足を運んだりしていた。 気分が良い時にはそのまま東京や大阪などに突発的に出掛けてしまうこともあった。 そのまま連絡も取れなくなってしまい、お姉さんから叱られケンカになることも多かった。 そんななか、行きつけの喫茶店も突然閉店してしまった。 仲の良かった店員さんから距離を置かれたと思い込み、お姉さんとの衝突もさらに増えてしまった。 お姉さんの精神的負担も増え、一人でライクさんを支えることが難しくなったため、訪問看護が導入となった。

⑵ 初めてお家に伺った時は、お姉さんの介護負担へのケアが多くなっており、ライクさんと話す時間がなかなか持てなかった。 それに、お姉さんが話す内容をライクさんが隣で聞いていたため落ち込んでしまうこともあった。 そのため関わる時間を個別に持つようにし、ライクさんとは散歩をしながら会話をした。 何度も散歩を繰り返していくうちに、初めて統合失調症と診断されたときの心情や過去に入院していたときの様子、 現在の幻聴の内容などをライクさんから話してくれるようになった。 閉店した喫茶店についての話も徐々に少なくなり、店員さんに固執する様子も見られなくなってきていた。

⑶ しかし、幻聴の頻度は増えていた。内服薬の調整も行っていたものの「お供え物をしなければ悪いことが起きる」 といった幻聴があるとそれに従ってしまう行動も現れるようになった。 お姉さんからも「向かいのアパートの空き家から女がこっちを覗いていると言って、弟も玄関の覗き窓から家の中をじっと見てたんだわ」と話があった。 幻覚も現れたことで、お姉さんは「もう家じゃ見きれない」と疲れた様子だった。 受診に同席し、医師から入院を勧められても、ライクさんは40年前に入院していたときに残っている印象が悪く「絶対に入院しない」と話し、 訪問時に看護師から提案しても「あんなところには二度と行きたくない」と受け入れてはくれなかった。

⑷ それでもライクさんは「家族に迷惑をかけてるんだから俺なんか病院に入ってそのまま死ねばいいんだ」とネガティブになっていた。 家族のために入院した方がいいと理解していても、当時入院していた時の印象が悪くなかなか決心できない思いに挟まれてライクさんは葛藤していた。 ライクさんの気持ちが整理できるまで何度も話をし、医師から入院を勧められ1週間経った頃、 ライクさんから「いまってどういう治療してるか分かる?」と少しずつ質問してくれるようになった。

⑸ その数日後、ライクさんから入院の相談があった。 どうなったら退院できるのか、何のために入院をする必要があるのか一つひとつ言葉を選んで説明した。 その後「先生のところに行って話をするわ。付いてきてくれる?」とお願いがあったため、一緒に行った。 診察ではライクさんが自分の言葉で入院して治療を受けたい旨を伝えることができた。

 入院してから2ヶ月後、外泊許可をもらい、お姉さんと弟夫婦と一緒に温泉旅行へ出かけていたことが分かった。 退院間近のライクさんを訪ねたとき、旅行の写真を楽しそうに見せてくれたのだ。